富士川写真美術館
 富士川写真美術館:富士川水運御廻米蔵ギャラリーは、国道52号線の「鰍沢税務署入り口交差点」を西(身延方面に向かって右側)に少し入った場所にあります。外観からは一般の2階建てのように見える美術館の建物は、江戸時代、富士川舟運を利用して運ばれた信州諏訪藩の年貢米を貯蔵していた御廻米蔵を改装したものです。中に入ると2階まで吹き抜けになっている天井には、黒光りした太い梁がわたされ、時の流れを感じさせます。
「富士川」という写真集を見て、一度は訪れてみたいと思いながら、場所が分からないまま先延ばしになっていた富士川写真美術館を訪ねて、館長の村田澄夫さんからお話を伺ってきました。
 富士川写真美術館は、昭和初期から30年代まで報知新聞や山梨日日新聞の記者を勤め、数多くの写真を残した村田一夫さんの作品を公開している私設の美術館です。美術館は、一夫さんのご子息、村田澄夫さんが、ご自身の退職を機に、父の残した作品を多くの人に見てもらいたいとの願いから誕生しました。平成10年から数回はさくらまつりの期間中に大法師山のセンターハウスで公開していましたが、常設で展示するため、それまで隠居所として使っていた米蔵の内部を出来るだけ本来の建物に近い姿に復元して展示のためのギャラリーを整備しました。

愛用のカメラを持つ村田一夫さん
:S10年芦川河畔で
 建物の内部には、平成11年に改訂発行した村田一夫写真集「富士川」に掲載した写真や当時の資料、一夫さんが撮影したガラス乾板、澄夫さん作ったジオラマなどが数多く展示されています。
 村田一夫さんが撮影した写真は数多く、ガラス乾板は数千枚もありましたが、戦後の混乱で、多くは失われてしまいました。ガラス乾板は、現在でも数百枚が残っていて、展示してある写真の他にも、まだ焼き付けていない写真がかなり残っているとのことです。
 村田一夫さんが撮影した写真には、富士川舟運で繁栄した頃の様子が色濃く残る鰍沢の街や、峡南地域の多くの街並み。そこで生活していた人々の様子がいきいきと映し出されています。
村田澄夫さんは「看板も出していないので、知っている人に来てもらえば良い」と話していました。管理上の困難さもあるのでしょうが、もっと多くの人に足を運んでもらい、村田さんの写真に直に触れ、写真が伝えている歴史の重さを感じて欲しいという思いを強くしました。

富士川写真美術館の開館は、毎週末の金、土、日の3日間と祝日の10時〜16時、
入場は無料です。

…このHPで紹介した古い写真は、全て村田一夫さんが撮影したもので、村田澄夫さんの許可を得て掲載しています。

  富士川を遡る帆掛け船(S3鰍沢町)

 船上で一服する老船頭
 (S3鰍沢船着き場)

 鰍沢商店街の正月売り出しの風景(S7)
 横断幕や幟を立てた商家が 軒を連ねていた

 第一回大法師さくら祭りの際の山車巡行
 (S56鰍沢町)

 S10年の水害で水没した仲町

 国道拡幅前の鰍沢商店街を楽しげに歩く遠足の小学生
 (S30)

 S10年の水害の跡

 鰍沢と黒澤(鰍沢口駅)を結 んでいた
 身延自動車の乗り合いバス(S5)

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