知っていましたか
ハナミズキはアメリカ生まれ
…桜とハナミズキの不思議な縁
 例年になく駆け足で桜前線が通り過ぎた後,大急ぎで散ってしまった桜の花に代わるように,木全体が白や紅色の大きな花で包まれたように見えるハナミズキの花が街の至る所で彩りを添えている。
ハナミズキは花の時期 が長く,赤く色づく果実 や,秋には美しい紅葉を 楽しむことが出来るなど, 桜の花にはないさまざま な特徴を持っている。そ んなこともあってか,最 近,街路樹や庭木として 広く植えられ,私たちの 目を楽しませてくれる。 今や桜にも劣らないほどの人気を誇っているハナミズキと桜は実は不思議な縁で結ばれている。ハナミズキと桜の不思議な縁を探ってみよう。

 白と紅のコントラストが美しいハナミズキ
  の街路樹…甲府市朝日通りにて

  紅花系のハナミズキ
            …昭和町医大通りにて
 ハナミズキはミズキ科ミズキ属に属する植物で学名 はCornus florida。北アメリカ東部(オンタオやマサチューセッツからフロリダやテキサスまで)やメキシコ北東部に自生する落葉広葉樹で,高さ4〜10m程の小高木になる。樹皮は灰 黒色で,成長すると沢山 の溝が現れ,柿の木に似た木肌になる。
 例年なら4月下旬から5月にかけて開く紅や白の花の構造は少し複雑で,4枚の花びらのように見えるのは花びらではなく,花を包んでいた総苞片(そうほうへん)と呼ばれる葉の一種で長さは3〜5p程,先端がくぼんでハート型になるのが特徴だ。日本の山地に自生しているヤマボウシはハナミズキと同じミズキの仲間でハナミズキと良く似た白い花をつけるが,総苞片の先端はハナミズキとは違い尖っている。ハナミズキの本当の花は4枚の総苞片の中央に十数個集まっており,近づいてよく見ると,黄緑色4枚の花びらをつけた小さな花を咲かせているのが良く分かる。

 1q以上もハナミズキの街路樹が続く
  医大通 …昭和町にて

 ハナミズキの花:花びらのように見えるのは
 総苞片(そうほうへん)と呼ばれる部分,先端
 に切り込みが出来てハート型になるのが特徴
 中心部に集まっている小さいものが本当の花

 
 桜は日本に自生して古 くから歌にも詠まれ,樹 齢が1,000年を越えるよう な古木が何本も存在して いるのに対し,本来日本には自生していなかった ハナミズキが初めて日本 にもたらされたのは今から100年余り前の明治時代 中期のこと。最初,横浜の植木会社が苗木を輸入したことが記録に残っているが,これらの苗木は日本に根付かなかった。
 今,日本に根付いているハナミズキのルーツは 1915年(大正4年)に桜の返礼として東京市に贈られたものだといわれている。このハナミズキがアメリカから日本にもたらされた背景には桜とハナミズキにまつわる興味深い話が残っている。
 現在では世界的に有名な桜の名所の1つになっているアメリカ合衆国の首都ワシントンDCにあるポトマック河畔の桜並木は,1912年(明治45年)に時の東京市長,尾崎行雄がタフト第27代アメリカ大統領夫人のヘレン・タフトさん達の要望で贈った3,000本の桜の苗木がもとになっている。  アメリカに桜を植えようという計画は明治中期に日本を訪れ,桜の美しさに魅せられて帰国した植物学者のデビット・フェアチャイルド博士,博士の友人のチャールス・L・マーラット博士,日本各地を訪ねた旅行作家のエリザ・R・シドモアさんやヘレン・タフト大統領夫人達が中心になった「ワシントンに桜を植える運動」として進められた。これを知ったニューヨーク在住の高峰譲吉博士が1909年(明治42年)に東京市長の尾崎行雄氏に伝えた事から実現されることになった。この要請を受け,同年の11月には桜の苗木2,000本が横浜から船便でシアトルまで運ばれ,ここからは特別編成の冷蔵貨車で大陸を横断してワシントンに到着した。しかし,これらの苗木は殺菌が十分でなかったため,多数の害虫がついていることが分かり,全て焼却処分されてしまった。

 このことを知った尾崎市長は再度苗木を贈るべく,農事試験場長の古在由直博士に依頼して1910年より入念な準備を始めた。 まず,当時庭木の一大産地だった兵庫県東野村(現伊丹市)で病気や害虫の付いていない元気な台木15,000本を生産し,静岡県清水市の興津試験場で,この台木に東京の荒川堤の桜並木の桜からとった穂木を接ぎ木する方法で苗木を生産した。このようにして生産した苗木6,040本を再度横浜港から送り出した。贈られた苗木は全て検疫をパスし,半数はニューヨークに,半数の12種3,020本がポトマック河畔に植えられた。これらの桜は第二次世界大戦中も大切に育てられ,1949年(昭和24年)からは桜の開花時期に合わせて「桜まつり」も行われるようになった

 日本に自生するミズキの仲間ヤマボ ウシ
                 …乙女高原にて

 憲政の父と呼ばれる尾崎行雄
 この桜の返礼として1915年大正4年)にアメリカ農務省のスイングル博士が代表になって,白花種のハナミズキ(ハナミズキの花言葉は『返礼』)の苗40 本を持って来日した。さらに2年後の1917年にはピンクの苗木12本も贈られ,日比谷公園や都内の公園,植物園などに植えられたが,第二次世界大戦を境に「敵国の贈り物」として,多くは忘れ去られてしまった。
 ところが最近になって東京在住の峰与志彦氏がこれらのハナミズキの原木探しを精力的に行った結果,東京都世田谷区の都立園芸高校に2本,文京区の東京大学小石川植物園に1本,静岡県清水市農水省果樹試験場興津支場に1本残っていることを発見した。これらの老木はいずれも幹回りが1mを越え,樹高も10m近くになっている。今から100年近く前に海を渡った桜とハナミズキは海の対岸で根付き,異国の街を彩っている。国際化が叫ばれる昨今,ヒトより一足早く国際化を成し遂げた桜やハナミズキの花のように,お互いの文化の交流も進めば良いのにと,早春に咲く花達を見て,そんなことを思う今日この頃だった。
シラン   紫蘭    Bletilla striata   〔らん科〕
 この花の名前はと聞かれて,思わず「しらん」と答えても 正解といわれる唯一の花。
ランの仲間に特有の鮮やか な色と形の花を付けるため庭 に良 く植えられているので園芸品種だと思っている人もいるが,立派な日本原産の野生種で,少し湿った場所に自生している。
          甲府一高にて

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