ナウマンゾウ
山梨に象がいたころ
…消えてしまった象達を追って
 満々と水をたたえた湖の岸辺で,長い鼻のゾウの一団がのんびりと水遊びに興じている,と聞くと,やはりアフリカのサバンナかインドのジャングルを連想してしまう。でも,今から10万年前にタイムスリップすれば,甲府盆地でもこのような光景を見ることが出来るだろう。水辺で遊んでるゾウ達の名前はナウマンゾウ,現在は滅んでしまった日本特産のゾウだ。盆地の北部,山梨市の江曽原や甲府市の相川で発見された化石がその事を教えてくれる。2か所で発見されたナウマンゾウの化石を手掛かりに,消えてしまったゾウ達の足取りを追ってみよう。

ナウマン象の復元模型‥山梨県立考古博物館にて
 ゾウは長鼻類と言うグループのホ乳動物,現在ではアフリカに住むアフリカゾウとアジアに住むインドゾウ2種の仲間しか残っていないが,4000万年前の古第三紀に出現して以来,現在までに300種以上の仲間を生み出したホ乳類の中でも最も大きなグループだ。元来温かい森林地帯を生活空間にしてきたゾウは,環境の変化に適応して,乾燥した草原や寒冷なツンドラ地帯にまで生活空間を拡大して世界中のあらゆる場所に拡がっていった。日本列島にも,新第三紀(2000万年前)〜第四紀更新世末期(1万年前)にかけ,ナウマンゾウやマンモスゾウをはじめとして10種類以上のゾウが生活していたことが分かってきた。

  甲府市相川産ナウマン象の臼歯
       ‥山梨県立考古博物館蔵

 山梨市江曽原産ナウマン象の右下顎
  第3大臼歯‥山梨市立八幡小学校蔵

 山梨市江曽原産ナウマン象の右上顎
 第2大臼歯‥山梨市立八幡小学校蔵

 山梨市江曽原産ナウマン象の肩甲骨片(上)
 と右腓骨
(ひこつ)(下)
            ‥山梨市立八幡小学校蔵
 しかし,周囲を海に囲まれた日本列島に,ゾウ達はどのようにしたやって来たのだろう。ゾウ達が日本列島渡ってきた頃には,何度もの気温の低い時期(氷河期)があり,海水面は現在より数百mも低くなって,列島は大陸と陸続きになっていたのだった。県内で発見されたナウマンゾウも今から50万年ぐらい前の更新世中期に中国大陸北部から渡ってきた仲間から進化した種だと考えられ,わりに寒さに強く,森林を生活圏にして北海道〜九州まで至る所に分布していた。特に当時は陸地だった瀬戸内海には,多く住んでいた。このナウマンゾウも1万年前には絶滅してしまい,現在日本には野生のゾウは住んでいない。ナウマンゾウが滅んだ原因は私達の先祖による狩猟圧が原因だと言われているが,はっきりしない。
ミヤコグサ (都草) コガネバナ Lotus corniculatus L  [まめ科]
 正面ロータリーの芝生の隅で,フラワーポットのパンジーに勝るとも劣らないほど鮮やかな黄色の小さな花をつけたこの草をみつけた。
 ミヤコグサは道端や芝地等に生える多年草で,緑色の茎は束になって生え,地面に伏して横に伸びている。葉腋(ようえき)から長い柄が伸びて先端に蝶形の鮮やかな黄色の花をつける。
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