100年目にして終息宣言
住血吸虫病って何だろう
…山梨県の地方病,苦難の歴史を追って
 11月16日,地方病撲滅対策委員会から「地方病の流行は終息し,安全と考えられる」という安全宣言が出された。かつては,良く耳にした「地方病」とは,いったいどのような病気なのだろうか。「地方病」のメカニズムを調べるとともに,この病気と闘った盆地に住む人たちの苦闘の歴史を探ってみた。
 「地方病」は,日本では,広島の片山地方,九州の筑後川沿岸,千葉の利根川流域と甲府盆地一帯などの,ごく限られた地域にのみ存在する風土病。中でも,甲府盆地は最大のり病地帯だった。この病気にかかった患者の多くは,腹部に水がたまって,腹がパンパンに膨らみ,死に至る者も多かったところから,古くは「水腫脹満」「腹水病」「水腫病」などとも呼ばれ,400 年前に書かれた『甲陽軍鑑』の中にも患者の記述が見られるほど,甲府盆地では古くから猛威を振るっていた。また,住民達は,回復の見込みのない難病として恐れていたらしく,「嫁にはいやよ野牛島(やごしま)は,能臓池葭水 (あしみず) 飲むつらさよ」とか「中の割に嫁に行くなら,買ってやるぞえ経かたびらに棺桶」などという民謡が有病地に残されている。

 腹水がたまった住血吸虫病の重傷患者
宮入貝の生息分布(色が濃いほど生息
  密度が高い)
  …いずれも「地方病とのたたかい」
   山梨地方病撲滅協力会編より

  この病気の原因解明の努力は,明治14年に東山梨郡春日居村の村長から,時の山梨県令藤村紫郎にあてに提出された「水腫脹満に関する御指揮願い」が契機になって,本格的に開始された。その後,多くの人々の地道な調査・研究により,大正初期には,この病気が日本住血吸虫と言う寄生虫によって起こされることや,病気の原因となる日本住血吸虫の生活史と感染経路が明らかにされている。

 一連の研究によると,ホ乳動物の体内で,オスがメスを抱えるようにして生活している日本住血吸虫の成虫が生み落とした虫卵は,糞と一緒に体外に排出され,水中でふ化して,ミランジュウムと呼ばれる幼生になる。この幼生の寿命は40〜60時間で,この間に中間宿主である「注)宮入貝」に寄生しないと死んでしまう。運よく「宮入貝」に寄生出来たミランジュウムは,貝の中で成長してスポロジストと呼ばれる中間体になる。やがて,このスポロジストの体内には数百匹のセルカリアが作られる。セルカリアは十分に成長すると,スポロジストの体を食い破って,水中に泳ぎだし,最終宿主であるヒトなどのホ乳動物の皮膚を溶かして体内に侵入し,血液やリンパ液の流れに乗って移動して肝臓や腸壁に寄生する。ここで3年程度生息して,多数の卵を産むことになる。(エイリアンという映画を知っている人は,あのイメージを持って欲しい)

 この生活史から分かるように,日本住血吸虫病を撲滅するには,中間宿主の「宮入貝」を駆除する事が最も効果的であり,甲府盆地での日本住血吸虫病対策は薬剤や火力による「宮入貝」の殺貝と,「宮入貝」が生息している用水路をコンクリート化して流れを早め,貝が生息できないようにする事に力点が置かれて行われた。私が住んでいる昭和町は,一面にたんぼが広がり,かつて,多数の「宮入貝」が生息していた。現在,用水路はほとんどがコンクリート化されているが,毎年春と秋の2回,地区の役員が用水路を巡って,「宮入貝」の生息確認を続けている。私も2回ほど参加して,用水路のチェックを行ったが,この時には「宮入貝」は見つけられなかった。      

 上)中間宿主の「宮入貝」
 下左)住血吸虫の成虫
    (右が♂で、左が♀)
 下右)住血吸虫の卵


  
  日本住血吸虫の生活史→



…いずれも「地方病とのたたかい」
 山梨地方病撲滅協力会編より
 日本の住血吸虫病は甲府盆地を最後にして,ほぼ完全に撲滅されたが,世界的に見ると,まだ多くの地域にこの病気が残っている。君たちの中からも,甲府盆地に住んだ先人たちが,100 年間にも及ぶ「住血吸虫病」との闘いの中から学んだことを生かして,これらの地域での「地方病」の克服に力を貸す人が現れる事を期待している。


注)宮入貝の発見者,宮入慶之助…

 日本吸血吸虫の感染に重要な役割を果たしている中間宿主が,現在では「宮入貝」と呼ばれている小さな巻貝であることが明らかになったのは1913年(大正2年)。発見者は,長野県更級郡西寺尾村(現長野市西寺尾)生まれで九州帝国大学医学部教授の宮入慶之助博士で,宮入貝という名前は発見者である彼の名前から付けられた。宮入慶之助の生誕地、長野市篠ノ井西寺尾岡には,宮入慶之助記念館がある。

ハバヤマボクチ    葉場山火口  Synurus excelsus  [きく科]
 夏,乙女高原を訪れた時に,草原のあちこちに背が大きく目立つ姿をしているこの草を何株も見つけた。 ハバヤマボクチのホクチとは,この草の葉の綿毛を集めて乾燥したものを火口(ほくち)にして使ったところから,また,ハバヤマは草刈り用の山ことで,山上の草を刈るような場所に生えているボクチという意味。
 以前,晩秋に訪れた時には,一面の枯れ野原の中に長い茎の先に頭状花をつけたこの草だけが残っているのを見たことがある。

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  中巨摩郡昭和町上河東地区の水田に残る
  地方病予防対策のためのコンクリート水路