山梨県総合教育センター > センターブログ > 令和7年度 初任者研修会「山梨の初任研は最高に熱い!」 2026年2月6日カテゴリー: センターブログ 令和7年度 初任者研修会「山梨の初任研は最高に熱い!」 令和8年1月23日、30日。最終日となる初任者研修が山梨県総合教育センターで行われました。4月に始まった第1回から数え、センターでの校外研修の全日程が修了しました。最終日は、「教師という航海の始まりの年」を振り返る時間、そして「2年目以降の自分」を描きだす、二つの軸で進めていきました。 まずイントロダクションでは、「この1年間、あなたの教師人生の『ハイライト』はどんな瞬間ですか」という問いに向き合いました。午前中に「1年間の研修の成果と課題」というテーマでグループ協議があるため、受講者である初任者の皆さんの目線をこれまでの“経験”にフォーカスしたかったことが、問いの前提にあります。この問いにある「ハイライト」という部分を設定した理由は、この1年間の中には「嬉しかった瞬間」「楽しかった瞬間」だけでなく、「厳しい時期」「辛かった出来事」もあるはずです。自身の経験の全てに一度目を向けてほしいという願いを込めています。初任者として、1年目の教師人生のスタートはどんな道だったか。改めて、この仲間とともに考えていきました。 午前中は「研修の成果と課題」について小グループで学びました。前回のICT活用報告会と同様に、今年度は昨年よりもグループ数とグループメインファシリテーターの数を倍に増やすなど、総合教育センターも全所員体制で臨みました。1グループを10人程度で編成し、センター指導主事がメインファシリテーターとなり、グループの学びの伴走をしました。参加者は、事前課題で3つのテーマ「授業づくり」「集団づくり」「自身が教師として大切にしたいこと」について1年の振り返りと、2年目のありたい姿を考えて、A4で1枚にまとめてきました。このテーマは夏に中間報告をした時と同じテーマです。そのため、夏に書いたレポートの書きぶりから、自身の成長や変化を見ることもできます。このレポートをそのまま発表する発表会形式ではなく、「そのレポートに書いてきた内容がどうして1年間の課題だったのか」「その出来事があったときに、どのような感情を抱いたか」「改めて今その課題を見てみると、何を感じるか」といったように、レポートには書かれていない「自身の内面」に矢印を向けて“省察”をより深く促す時間をデザインしました。自分の「奥底にあるもの」「中心で温めているもの」を言語化していくことを大事に進めていきました。 各グループは、目的の共有と自己紹介、アイスブレイクから入りました。1つ目のテーマの前に、「場の設定」「場の意味」を共有しました。ファシリテーターからの声かけにより、自分の言葉を大切にすることを心がけていきました。あるグループでは、発表者のポイントとして「どんな出来事や経験が紐づいているかを具体的に話そう」「レポートを読むのではなく、語るように伝えよう」「心情や感情の内面が伝わるように工夫しよう」といった声掛けをしました。聞き手のポイントとして「追体験をするように、その人になったつもりで聴いてみよう」「共感や納得するワードがあれば探究ノートにメモをしておこう」「うなずきやリアクションも大事にして話し手をフォローしていこう」と対話の場のグランドルールも共有していました。また、年間を通して続けてきた「対話」の時間についても、「素直な感想からまずは自分の言葉で飾らず伝えていこう」「あまり難しく考えずに相手のどこが良かったか自分の思いを伝えよう」「深堀りするために問い返すことを意識してみよう」と、これまでも情報交換会で大事にしてきたことをさらに意識するようなインストラクションも提示していました。教師としての第一歩を踏み出したこの1年。教科書どおりにいかない毎日に悩み、時に涙し、それでも子供たちの笑顔にきっと救われてきました。───グループでの対話は、そんな十人十色のストーリーが溢れる、素敵な時間となりました。初任者たちの等身大なメッセージをギュッと凝縮してご紹介します: 1. 教師である前に「一人の人間」として 対話や発表を通じて最も多く聞かれた言葉は、「人と人との関係性」でした。 ある初任者は、厳しさや上下関係で子供を動かすのではなく、「共感」をベースに据えることの大切さを語りました。生徒指導の場面で、他の教員が去った後に生徒が自分にだけ本音を漏らしてくれた経験。それは、教師が「役割」を超えて一人の「人間」として向き合った時に初めて生まれる信頼の証でした。また、「子供の悪い部分だけを見るのではなく、その裏にある罪悪感や違和感を信じたい」という言葉もありました。生徒の表面的な行動を是正するだけでなく、内面の声に耳を傾ける「ケアの倫理」に基づいた姿勢は、これからの時代の“子供理解“として極めて重要な視座といえます。 2. 成長を分かち合う「喜び」の再定義 教師としての「やりがい」についても、多様な視点が初任者の言葉から示されました。 ある初任者の、数学のテストで40点スコアを伸ばした生徒が、喜びではなく「もっと取れたはずだ」と悔し涙を流したエピソード。そこに関わった初任者は、生徒の中に「主体的に学ぶ意欲」が芽生えた瞬間に立ち会えたことに、深い感動を覚えていました。また、ある初任者は教師の仕事を「生徒の人生というドキュメンタリーに立ち会うこと」と表現しました。自分が主人公になるのではなく、生徒という主人公が成長していく過程の「名脇役」として、その変容を見守る。この謙虚かつ情熱的な眼差しは、教育の本質が「教え込み」から「伴走」へとシフトしている現代の教育観を象徴していました。 3. 葛藤と「レジリエンス」:揺らぎの中での自己形成 一方で、初任者ならではの率直な悩みも吐露されました。 「多忙な毎日の中で、本当に子供たちと向き合えているのか」「今の自分に、子供たちのためにという強い気持ちがあるのか不安だ」といった声。あるいは、「教師という職業にこだわりすぎず、まずは自分自身の学びや生活を豊かにしたい」というワークライフバランスへの意識。これらの発言は、決して消極的なものではありません。むしろ、自分自身を客観視し、バーンアウトを防ぎながら持続可能な教師人生を歩もうとする、現代的な「専門職としての誠実さ」の表れです。 特に、予期せぬ異動や困難な環境に置かれた際に、「置かれた場所で、命(時間)をどう使うか」を問い直した初任者のエピソードは、多くの同期の仲間の胸を打ちました。困難を柔軟に受け入れ、自分なりの意味を見出す力(レジリエンス)が、着実に育まれていることを実感させる一幕でした。 今回のグループセッションを通して、私たち運営担当が改めて認識したのは、「若手教員が安心して葛藤できる場の重要性」です。 初任者が自分の弱さや迷いをさらけ出し、それを仲間が認め、指導主事がそっと背中を押す。こうした「心理的安全性の高い対話」こそが、理論だけでは到達できない「実践的指導力」を形作ります。10人の発表が終わった後、会場には温かくも清々しい空気が流れていました。 私たちは完璧な教師ではありません。しかし、目の前の子供たちに全力で向き合い、悩み、学び続けようとする「学習者としての教師」の姿がそこにありました。 午後の研修は、午前中のグループセッションを単なる反省ではなく「未来への指針」として昇華させるための「自分だけの問い」に出会うワークを行いました。これは単に1年間を総括するだけでなく、今後5年、10年という長いキャリアの途上で、迷った際に立ち返るべき「原点」を言葉に落とし込む作業です。グループ対話を通じて思考を研ぎ澄ませ、自分自身への挑戦状とも言える「現在地としての問い」を一人ひとりが作り上げました。 ある初任者は、「子供の『できない』の裏にある『やりたい』を、見つけ続けられるか」という問いを立てました。表面的な成績や行動の裏側に隠れた生徒の願いを見逃さないという決意が、この一文に凝縮されています。その他には、効率化やICT活用が加速する教育現場に身を置きながら、「あえて『リアルな対話の時間』を大事にできるか」という、教育の本質を問う初任者の声も上がりました。 これらの問いは、誰かに与えられた課題ではなく、自分自身の葛藤から絞り出された「生きた言葉」です。研修の最終日、一人ひとりが自らの問いを表明した際、研修室には心地よい緊張感と連帯感が漂っていました。自身が出した問いを探究ノートの表紙に書き、互いにコメントをし合い笑顔で話す仲間とのやりとりは、答えのない教育という営みにおいて、困難を乗り越えるための最強の方法かもしれません。 「今の情熱を、どうすれば持続可能な仕組みに変えられるか」「生徒を主役にするために、私はいつ、どうやって声をかけるか」。紡ぎ出された問いの数々は、10年後、中堅教員として現場を牽引する立場になった時にも、進むべき道を照らす「羅針盤」として機能し続けるはずです。このセッションを経て、初任者たちの対話は一段と高い次元へと到達し、互いの志を支え合う強固なコミュニティが形成されました。 午後の2つ目の研修は、小林裕直指導主事より「学び続ける教員」についての講義が行われました。教育の専門職としての成長は、採用1年目で完結するものではなく、生涯を通じてアップデートし続けるプロセスそのものであるというメッセージです。「なぜ学び続ける必要があるのか」──。この問いに、初任者たちは、先ほど立てた「自分自身の生きた問い」を抱えながら、日々の実践と省察を繰り返していくことの重要性を再確認しました。社会が激しく変化する中で、教師自身が「正解」を教える存在から、子供と共に「未知の課題」に立ち向かう「学習者」であり続けること。その背中こそが、子供たちにとって何よりの学びになるのです。初任者の皆さんは、1年目の修了を一つの通過点と捉え、学び続ける専門職としての新たな一歩へ向かいました。 最後の研修は、山梨県総合教育センターの天野信一所長による講話です。初任者が1年間の成長を認めつつ、「慣れてきた時期こそ危険である」という自覚を持つ重要性が説かれました。 教育者としての重い責任と倫理、服務規律の遵守は教員の基本義務であり、特に児童生徒性暴力の防止やSNS利用における高い倫理観が強調されました。教師という立場を悪用せず、常に境界を守る指導者としての姿勢が不可欠です。VUCA時代に求められる学びの転換。予測困難な時代において、これまでの「一斉授業」から、子供たち一人ひとりに応じた「個別最適な学び」と「協働的な学び」への転換が急務です。その鍵となるのが、自己を客観視するリフレクション(内省)と、他者への共感的な対話だと示されました。教員のウェルビーイングが子供の幸せに。子供たちのウェルビーイングを高めるためには、まず教員自身のウェルビーイングが重要であり、心身の健康を保ち、ポジティブな思考でチームとして教育にあたることが、子供たちの成長という成果につながるという温かい激励をいただきました。 閉講式では、高見澤圭一教育監、秋山克也教育監より激励の言葉をいただきました。高見澤教育監からは、ウィンストン・チャーチルの「誠実」にまつわる名言『誠実でなければ、人を動かすことはできない。人を感動させるには、自分が心の底から感動しなければならない。自分が涙を流さなければ、人の涙を誘うことはできない。自分が信じなければ、人を信じさせることはできない』という言葉が送られ、初任者としての誠実さをいつまでも忘れずにいて欲しいという熱い言葉をいただきました。秋山教育監は、小説家の井上ひさしの名言『難しいことをやさしく、やさしいことを深く』という言葉を引用しながら、深く相手に伝えるための極意について触れ、初任者にエールを送ってくださいました。 初任者代表の挨拶では、韮崎高校の作地秀太先生、加納岩小学校の矢崎歌梨先生にこれまでの1年間の研修の成果や葛藤、これからの指針について熱く語ってくれました。初任者代表の挨拶は、1年間の葛藤と希望が凝縮された、胸を打つものでした。話の中で、支えてくれた周りの方々への「ありがとう」という感謝の気持ち、切磋琢磨した仲間との最高の出会いについて触れていました。この1年は楽しいことばかりではなく、時には自信をなくして、一人で悩んだ日もありました。でも、そんな葛藤があったからこそ、研修で学んだことが深く心に響き、今の自分たちの成長につながったのだと、自信に満ちた言葉で語ってくれました。「これからも子供たちと一緒に、一歩ずつ進んでいきたい!」 そんな未来への希望に満ちた決意に、会場は温かい拍手に包まれました。4月より一回りも二回りも頼もしくなった皆さんの姿に、こちらまで勇気をもらえるような素敵な締めくくりでした。 令和7年度初任者研修の全てのプログラムが無事に終了しました。 4月の開講式、緊張で少し強張っていた皆さんの表情を今でも鮮明に覚えています。それから10か月。学校現場で理想と現実の狭間に立ち、悩み、葛藤し、時には立ち止まりそうになった日もあったことでしょう。しかし、センターでの研修に集うたび、仲間と熱心に語り合い、新たな学びを吸収しようとする皆さんの瞳は、回を追うごとに輝きと力強さを増していきました。閉講式での姿。それは、皆さんが本物の「教師」へと近づいた何よりの証です。私たち運営担当者も、皆さんのひたむきな姿から多くの勇気と感動をいただきました。皆さんと共に学んだ、歩んだこの一年間は、私たちにとってもかけがえのない財産です。研修は一つの区切りを迎えますが、皆さんの教員人生はここからが本番です。4月からは、この1年で得た「絆」と「学び」を翼にして、それぞれの学校で存分に力を発揮してください。 迷った時、疲れた時は、いつでもこのセンターを思い出してください。私たちはこれからも、山梨の教育を担う皆さんの心強い味方であり続けます。 1年間、本当にお疲れ様でした。そして、感動をありがとうございました! Thank you.
令和8年1月23日、30日。最終日となる初任者研修が山梨県総合教育センターで行われました。4月に始まった第1回から数え、センターでの校外研修の全日程が修了しました。最終日は、「教師という航海の始まりの年」を振り返る時間、そして「2年目以降の自分」を描きだす、二つの軸で進めていきました。
まずイントロダクションでは、「この1年間、あなたの教師人生の『ハイライト』はどんな瞬間ですか」という問いに向き合いました。午前中に「1年間の研修の成果と課題」というテーマでグループ協議があるため、受講者である初任者の皆さんの目線をこれまでの“経験”にフォーカスしたかったことが、問いの前提にあります。この問いにある「ハイライト」という部分を設定した理由は、この1年間の中には「嬉しかった瞬間」「楽しかった瞬間」だけでなく、「厳しい時期」「辛かった出来事」もあるはずです。自身の経験の全てに一度目を向けてほしいという願いを込めています。初任者として、1年目の教師人生のスタートはどんな道だったか。改めて、この仲間とともに考えていきました。
午前中は「研修の成果と課題」について小グループで学びました。前回のICT活用報告会と同様に、今年度は昨年よりもグループ数とグループメインファシリテーターの数を倍に増やすなど、総合教育センターも全所員体制で臨みました。1グループを10人程度で編成し、センター指導主事がメインファシリテーターとなり、グループの学びの伴走をしました。参加者は、事前課題で3つのテーマ「授業づくり」「集団づくり」「自身が教師として大切にしたいこと」について1年の振り返りと、2年目のありたい姿を考えて、A4で1枚にまとめてきました。このテーマは夏に中間報告をした時と同じテーマです。そのため、夏に書いたレポートの書きぶりから、自身の成長や変化を見ることもできます。このレポートをそのまま発表する発表会形式ではなく、「そのレポートに書いてきた内容がどうして1年間の課題だったのか」「その出来事があったときに、どのような感情を抱いたか」「改めて今その課題を見てみると、何を感じるか」といったように、レポートには書かれていない「自身の内面」に矢印を向けて“省察”をより深く促す時間をデザインしました。自分の「奥底にあるもの」「中心で温めているもの」を言語化していくことを大事に進めていきました。
各グループは、目的の共有と自己紹介、アイスブレイクから入りました。1つ目のテーマの前に、「場の設定」「場の意味」を共有しました。ファシリテーターからの声かけにより、自分の言葉を大切にすることを心がけていきました。あるグループでは、発表者のポイントとして「どんな出来事や経験が紐づいているかを具体的に話そう」「レポートを読むのではなく、語るように伝えよう」「心情や感情の内面が伝わるように工夫しよう」といった声掛けをしました。聞き手のポイントとして「追体験をするように、その人になったつもりで聴いてみよう」「共感や納得するワードがあれば探究ノートにメモをしておこう」「うなずきやリアクションも大事にして話し手をフォローしていこう」と対話の場のグランドルールも共有していました。また、年間を通して続けてきた「対話」の時間についても、「素直な感想からまずは自分の言葉で飾らず伝えていこう」「あまり難しく考えずに相手のどこが良かったか自分の思いを伝えよう」「深堀りするために問い返すことを意識してみよう」と、これまでも情報交換会で大事にしてきたことをさらに意識するようなインストラクションも提示していました。教師としての第一歩を踏み出したこの1年。教科書どおりにいかない毎日に悩み、時に涙し、それでも子供たちの笑顔にきっと救われてきました。───グループでの対話は、そんな十人十色のストーリーが溢れる、素敵な時間となりました。初任者たちの等身大なメッセージをギュッと凝縮してご紹介します:
1. 教師である前に「一人の人間」として
対話や発表を通じて最も多く聞かれた言葉は、「人と人との関係性」でした。 ある初任者は、厳しさや上下関係で子供を動かすのではなく、「共感」をベースに据えることの大切さを語りました。生徒指導の場面で、他の教員が去った後に生徒が自分にだけ本音を漏らしてくれた経験。それは、教師が「役割」を超えて一人の「人間」として向き合った時に初めて生まれる信頼の証でした。また、「子供の悪い部分だけを見るのではなく、その裏にある罪悪感や違和感を信じたい」という言葉もありました。生徒の表面的な行動を是正するだけでなく、内面の声に耳を傾ける「ケアの倫理」に基づいた姿勢は、これからの時代の“子供理解“として極めて重要な視座といえます。
2. 成長を分かち合う「喜び」の再定義
教師としての「やりがい」についても、多様な視点が初任者の言葉から示されました。 ある初任者の、数学のテストで40点スコアを伸ばした生徒が、喜びではなく「もっと取れたはずだ」と悔し涙を流したエピソード。そこに関わった初任者は、生徒の中に「主体的に学ぶ意欲」が芽生えた瞬間に立ち会えたことに、深い感動を覚えていました。また、ある初任者は教師の仕事を「生徒の人生というドキュメンタリーに立ち会うこと」と表現しました。自分が主人公になるのではなく、生徒という主人公が成長していく過程の「名脇役」として、その変容を見守る。この謙虚かつ情熱的な眼差しは、教育の本質が「教え込み」から「伴走」へとシフトしている現代の教育観を象徴していました。
3. 葛藤と「レジリエンス」:揺らぎの中での自己形成
一方で、初任者ならではの率直な悩みも吐露されました。 「多忙な毎日の中で、本当に子供たちと向き合えているのか」「今の自分に、子供たちのためにという強い気持ちがあるのか不安だ」といった声。あるいは、「教師という職業にこだわりすぎず、まずは自分自身の学びや生活を豊かにしたい」というワークライフバランスへの意識。これらの発言は、決して消極的なものではありません。むしろ、自分自身を客観視し、バーンアウトを防ぎながら持続可能な教師人生を歩もうとする、現代的な「専門職としての誠実さ」の表れです。 特に、予期せぬ異動や困難な環境に置かれた際に、「置かれた場所で、命(時間)をどう使うか」を問い直した初任者のエピソードは、多くの同期の仲間の胸を打ちました。困難を柔軟に受け入れ、自分なりの意味を見出す力(レジリエンス)が、着実に育まれていることを実感させる一幕でした。
今回のグループセッションを通して、私たち運営担当が改めて認識したのは、「若手教員が安心して葛藤できる場の重要性」です。 初任者が自分の弱さや迷いをさらけ出し、それを仲間が認め、指導主事がそっと背中を押す。こうした「心理的安全性の高い対話」こそが、理論だけでは到達できない「実践的指導力」を形作ります。10人の発表が終わった後、会場には温かくも清々しい空気が流れていました。 私たちは完璧な教師ではありません。しかし、目の前の子供たちに全力で向き合い、悩み、学び続けようとする「学習者としての教師」の姿がそこにありました。
午後の研修は、午前中のグループセッションを単なる反省ではなく「未来への指針」として昇華させるための「自分だけの問い」に出会うワークを行いました。これは単に1年間を総括するだけでなく、今後5年、10年という長いキャリアの途上で、迷った際に立ち返るべき「原点」を言葉に落とし込む作業です。グループ対話を通じて思考を研ぎ澄ませ、自分自身への挑戦状とも言える「現在地としての問い」を一人ひとりが作り上げました。
ある初任者は、「子供の『できない』の裏にある『やりたい』を、見つけ続けられるか」という問いを立てました。表面的な成績や行動の裏側に隠れた生徒の願いを見逃さないという決意が、この一文に凝縮されています。その他には、効率化やICT活用が加速する教育現場に身を置きながら、「あえて『リアルな対話の時間』を大事にできるか」という、教育の本質を問う初任者の声も上がりました。
これらの問いは、誰かに与えられた課題ではなく、自分自身の葛藤から絞り出された「生きた言葉」です。研修の最終日、一人ひとりが自らの問いを表明した際、研修室には心地よい緊張感と連帯感が漂っていました。自身が出した問いを探究ノートの表紙に書き、互いにコメントをし合い笑顔で話す仲間とのやりとりは、答えのない教育という営みにおいて、困難を乗り越えるための最強の方法かもしれません。
「今の情熱を、どうすれば持続可能な仕組みに変えられるか」「生徒を主役にするために、私はいつ、どうやって声をかけるか」。紡ぎ出された問いの数々は、10年後、中堅教員として現場を牽引する立場になった時にも、進むべき道を照らす「羅針盤」として機能し続けるはずです。このセッションを経て、初任者たちの対話は一段と高い次元へと到達し、互いの志を支え合う強固なコミュニティが形成されました。
午後の2つ目の研修は、小林裕直指導主事より「学び続ける教員」についての講義が行われました。教育の専門職としての成長は、採用1年目で完結するものではなく、生涯を通じてアップデートし続けるプロセスそのものであるというメッセージです。「なぜ学び続ける必要があるのか」──。この問いに、初任者たちは、先ほど立てた「自分自身の生きた問い」を抱えながら、日々の実践と省察を繰り返していくことの重要性を再確認しました。社会が激しく変化する中で、教師自身が「正解」を教える存在から、子供と共に「未知の課題」に立ち向かう「学習者」であり続けること。その背中こそが、子供たちにとって何よりの学びになるのです。初任者の皆さんは、1年目の修了を一つの通過点と捉え、学び続ける専門職としての新たな一歩へ向かいました。
最後の研修は、山梨県総合教育センターの天野信一所長による講話です。初任者が1年間の成長を認めつつ、「慣れてきた時期こそ危険である」という自覚を持つ重要性が説かれました。 教育者としての重い責任と倫理、服務規律の遵守は教員の基本義務であり、特に児童生徒性暴力の防止やSNS利用における高い倫理観が強調されました。教師という立場を悪用せず、常に境界を守る指導者としての姿勢が不可欠です。VUCA時代に求められる学びの転換。予測困難な時代において、これまでの「一斉授業」から、子供たち一人ひとりに応じた「個別最適な学び」と「協働的な学び」への転換が急務です。その鍵となるのが、自己を客観視するリフレクション(内省)と、他者への共感的な対話だと示されました。教員のウェルビーイングが子供の幸せに。子供たちのウェルビーイングを高めるためには、まず教員自身のウェルビーイングが重要であり、心身の健康を保ち、ポジティブな思考でチームとして教育にあたることが、子供たちの成長という成果につながるという温かい激励をいただきました。
閉講式では、高見澤圭一教育監、秋山克也教育監より激励の言葉をいただきました。高見澤教育監からは、ウィンストン・チャーチルの「誠実」にまつわる名言『誠実でなければ、人を動かすことはできない。人を感動させるには、自分が心の底から感動しなければならない。自分が涙を流さなければ、人の涙を誘うことはできない。自分が信じなければ、人を信じさせることはできない』という言葉が送られ、初任者としての誠実さをいつまでも忘れずにいて欲しいという熱い言葉をいただきました。秋山教育監は、小説家の井上ひさしの名言『難しいことをやさしく、やさしいことを深く』という言葉を引用しながら、深く相手に伝えるための極意について触れ、初任者にエールを送ってくださいました。
初任者代表の挨拶では、韮崎高校の作地秀太先生、加納岩小学校の矢崎歌梨先生にこれまでの1年間の研修の成果や葛藤、これからの指針について熱く語ってくれました。初任者代表の挨拶は、1年間の葛藤と希望が凝縮された、胸を打つものでした。話の中で、支えてくれた周りの方々への「ありがとう」という感謝の気持ち、切磋琢磨した仲間との最高の出会いについて触れていました。この1年は楽しいことばかりではなく、時には自信をなくして、一人で悩んだ日もありました。でも、そんな葛藤があったからこそ、研修で学んだことが深く心に響き、今の自分たちの成長につながったのだと、自信に満ちた言葉で語ってくれました。「これからも子供たちと一緒に、一歩ずつ進んでいきたい!」 そんな未来への希望に満ちた決意に、会場は温かい拍手に包まれました。4月より一回りも二回りも頼もしくなった皆さんの姿に、こちらまで勇気をもらえるような素敵な締めくくりでした。
令和7年度初任者研修の全てのプログラムが無事に終了しました。 4月の開講式、緊張で少し強張っていた皆さんの表情を今でも鮮明に覚えています。それから10か月。学校現場で理想と現実の狭間に立ち、悩み、葛藤し、時には立ち止まりそうになった日もあったことでしょう。しかし、センターでの研修に集うたび、仲間と熱心に語り合い、新たな学びを吸収しようとする皆さんの瞳は、回を追うごとに輝きと力強さを増していきました。閉講式での姿。それは、皆さんが本物の「教師」へと近づいた何よりの証です。私たち運営担当者も、皆さんのひたむきな姿から多くの勇気と感動をいただきました。皆さんと共に学んだ、歩んだこの一年間は、私たちにとってもかけがえのない財産です。研修は一つの区切りを迎えますが、皆さんの教員人生はここからが本番です。4月からは、この1年で得た「絆」と「学び」を翼にして、それぞれの学校で存分に力を発揮してください。 迷った時、疲れた時は、いつでもこのセンターを思い出してください。私たちはこれからも、山梨の教育を担う皆さんの心強い味方であり続けます。
1年間、本当にお疲れ様でした。そして、感動をありがとうございました! Thank you.